ヒーローふたたび…違った、三度
いつまで古典的なヒーロー像を追い求めるんだろう。アニメ版『新造人間キャシャーン』のほうでなく実写版『キャシャーン』は、えらく不評だったが、わたしには妙にリアルで、一時嵌り込んでしまった。
キャシャーンって
弱っちいんだ
だから
ぼくは
好きなんだ
映画「スパイダーマン」も「バットマン」もおなじ。いずれの主人公も、なかなか社会に馴染めず苦悩する様がよく描けている。
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コメント
この一連の歌、勿体ないね。しかるべき時期に、しかるべきところに発表しよう!!
投稿 joshuaki | 2007年12月 2日 (日) 20時23分
引っ張りますね、ヒーロー。私にとってそれはやはりウルトラマンですね、特に初代。ただそれを熱心に視聴していた当時、もっぱら私の興味は、強くてカッコいい怪獣が現われるかどうか、というところにあった。…そのくせゼットンがカラータイマー砕いちゃった日にはマジ泣きしそうに。嘘だろ!死ぬなよウルトラマン!みたいな。怪獣の登場を待ちわびる心底に、どんなおっかねー怪獣が現われてもかならずウルトラマンがそいつを害無きものにしてくれるというお約束が勝手にセットされてたわけ。怪獣はウルトラマンに勝っちゃいけなくて、ウルトラマンは怪獣に負けちゃいけないという約束。その約束の中でのみウルトラマンはヒーローたり得て、怪獣は『善良な』ヒールたり得る。常に背水の陣だったウルトラマンはもちろん、ヒーローをヒーローたらしめるため、それに立ち向かっていった怪獣たちに感謝だなぁ。ということで怪獣墓場に向かって黙祷なんだが、それって空のどこら辺なのよ、シーボーズ君。
企んで
悪事を
為す者は
英雄に
紙一重
まがった
ことが
許せぬ人は
何か
恐れていないか
本当に
勇気が要るのは
正しく在ることより
そうではないこと
かもしれない
投稿 ギッパ | 2007年11月15日 (木) 06時38分