彼女たち
昔、彼女たちがニューハーフと呼ばれていた頃、わたしがまだ音楽に夢中だった頃。
彼女たちが
美しくなれるのは
女であろうと
理想を体現しようと
努力してるから
彼女たちのいでたちがどうとか、振る舞いがどうとか、そんなこと取っ払って、素直によくみてごらん。彼女たちは理想を真剣に生きている。その姿は美しい、すくなくともわたしたちよりは。
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ざーす。ギッパです。巷じゃオネェキャラとか、女性っぽく振る舞う男性が面白がられていますね。joshuakiさんのいうところの『美しい』彼女達に、それらのオネェキャラが含まれるかどうかわかりませんが、性同一性障害の方々の切実な生き方には、確かに何か心打つものを感じますね。彼ら、彼女らを思うときに、私は流れ星をもまた思い出すんです。女性ホルモンの投与を繰り返しては体を壊していく姿と、熱い熱いつって火花に身を削って燃え尽きていく石が似ている、と。
考えてみれば性同一性障害の方達って、当然そうあるべき自分の姿が、目指すべき理想になってしまうんですよね。これはたとえば金持ちになるんだとか、有名人になるんだとかいった理想を抱くのとは訳が違うと思うんです。…成就しないことが斯くも苦しい理想を私は持ち得るだろうか、あるいは、理想を成就させることに斯くも切実な思いを持ち得るだろうか。joshuakiさんが、彼女たちが私たちより美しいという所以、その生き方の真剣さ、よくわかる気がするんです。
以下雑感ですが、そもそも、性同一性障害っていうことば、なんか腑に落ちない。つまり、意識している性を身体上の性と同一化する行為に障害がある、ということでしょう。これおかしくないですか。なぜ意識を身体に合わすのか、なぜ身体に異常があるとは言わないのか。つまり朝目が覚めてトイレにいって下着下げたら有るはずのモノがなかったり無いはずのモノがあったりして、慌てて病院行って性同一性障害ですって言われたらちょい待てえっ!となるでしょう、それと何が違うんだろう、ってことなんですけど。…あ、この話、『私』ってこの身か意識かって方向に火の手が向かって山火事ますますさかんになりそうだから、joshuさんのオゴリで一杯のときにでも続けましょうか、ご馳走様です。
デイリーの
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わたし
投稿 ギッパ | 2007年12月13日 (木) 12時13分