ケータイ
20世紀最悪の発明(?)品だった訳。
電車の中で
電話できる
これが
便利か
進歩か
なぜ
誰でも
どこででも
電話できなければ
ならないのか
電車の中で
精巧な機械を手にし
微笑みかける
これって
一昔前のオタクじゃないの?
人間は、自分で自分の首を絞める動物だ。
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コメント
ヴぁーす。かなり眠い。最近帰りがちょっと遅く、久方ぶりに深夜番組をあれこれ見てるのですが、合間のCM、本当にベッピンさんが多い。そしてもひとつ、ケータイのキャリアや新機種のCMの多いこと多いこと。実測したわけじゃないけど、ざっと2割5分くらいはそうだったんじゃないか。
儲かるんですね、ケータイ。仮に日本の人口の3分の1、概ね4千万人が所持してるとして、それが月額4千円程度は固く使うわけだから、控えめでも1600億円は毎月動いてる勘定か。おそるべし。
ケータイはとっくのとうに“通話”を機能のひとつにしおおせた。いまやケータイは時計でありカメラでありテレビであり新聞でありサイフでもある。胸ポケットに、個人が世の中にアクセスするためのさまざまなツールが集められたといっていい。
逆にいえば、ケータイ持ってる私/あなたは、世の中という巨大なコンピュータに常時接続された端末みたいだ、とも。ユビキタスっていわば、情報社会はあなたに縄かけるようどこまでも追い掛けてますって宣言か、あるいはこの縄に繋がれないかぎりあなたは世の中から外されますよっていう宣言みたいに聞こえませんか。ウェブとかネットという表現のとおり、天網恢恢疎にして漏らさず、というところか。…お、漢字変換一発だ。このケータイもなかなかやるじゃないか。
かくして私も網の中。最悪の発明とは思わないけど、利用する人が辟易するほどの機能の充実ぶりは、なんだか『網』がまわりにじわじわ張り巡らされていくようで不安。もう逃げられないところまで来ちまったか…と。何から逃げてんだ、俺。
汗ばんでも
放さなかったのに
繋いだ手は
どうして
離れたの
何度
繋がっても
あなたが
わたしに
ならない
投稿 ギッパ | 2007年12月20日 (木) 08時32分