厳罰化の行方
犯人をみつける手段を整備することが最優先されるべきなのか。
共によりよく
生きるための約束が
法律
それを守るために
生きてるんじゃない
「法律に従う/従わない」だけの問題ならば、むしろ話は簡単だ。
夜中に
きちんと
信号守って
優良市民の
振りをする
犯罪を発見し罰を下す為にコストを割くのか、互いに信じあえる社会を築く為に活かすのか。今となっては「ニワトリとたまご」なのか。
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コメント
ご無沙汰しております。ギッパです。
…野蛮ですが、生物をもっとも強く動かすものは、恐れだと思うんですよね。私みたいな弱い人間が、何かの拍子で罪へとふらふら近づくとき、その恐れるものを以て罪への歩みを押し返してほしい。ということで私は厳罰による抑止力を否定しませんが、抑止力として十分な刑罰なんて、我が日本国憲法の目の黒いうちに出来るでしょうかね。もっといえば、すべてのケースで、犯してしまった罪相応の罰を与えるなんてことができるだろうか。何を以て相応とするかって、現実的には司法判例に照らしてってことなんだろうが、飲酒運転で3人死なせて懲役7年、特急車内で強姦して懲役20年だっけか、何れも量刑を不服として控訴とか。もちろん私は上記事件事故の背景や酌むべき事情を一切知らないですけど、その刑が重過ぎるとは感じられないなぁ…たとえばこれって、どうしても思いを遂げたい相手がいれば、そのあと数年のお勤めおよび社会的な地位なんかとひきかえになら『ヤれる』ってことですよね。おまけに、そのお勤めが長すぎる!って不服を主張することまで出来るんですよね。これはヤられる方やその周りの人には由々しき事態ですが、『キミさえあれば何も要らない!』なんて情熱家には朗報です。 …ま、本当に何も要らなかったら、これは恐いものナシでどんな罰もお手上げかもしれないが。
僕の
欲望の
対価として
この罰なら
お買い得
投稿 ギッパ | 2008年2月13日 (水) 20時27分