きょうだい
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被害者の遺族って、こんなにも苦しみ悩みぬかなければならないものなのか?!
被害者の遺族は
赦さなければ
ならないのか
説明しなければ
ならないのか
記者会見も
署名運動も
手記執筆も
被害者の
遺族の務め
莫迦なインタビュアーに対して、誠実に答えるよう(無言で)要求してる善意の視聴者のみなさん、呪われよ。
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テケテケだとか深夜の臨時放送とか、そんなことより現実でもっと怖いことが起きてるのにぃ!
画面には
某国での
暴動鎮圧のニュース
外ではまだ
風が吹いている
成功か
失敗か
歴史の行く末の
答えは
未来にしかない
国の号令に一斉に従う国民性って、なにも某国に限ったことじゃない。
民主化が
達成されると
皆平等に
幸福になれる
という都市伝説
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確認事項!
多様性とは
世界はひとつに
ならなくていい
それぞれが異なっていて
いいという発想
世界はひとつに
ならなくていい
価値観や考え方は
異なっていていい
というむつかしさ
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あたりまえの事だけど、できそうでできない、できていそうでできていない。
感動や涙を
無視することは
できないけれど
溺れっぱなしじゃ
なにもできない
安い!
安すぎる!
なんという
安易でお手軽な
感動の嵐!
「感動したい」症候群!
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沿道に住民が苦労して育てたチューリップがなぎ倒されるというニュース。こころない何者かの犯行か。
来年の為
次に咲く
花の為
チューリップの
首を折る
やってることはおなじだが、意味が違うか…
死ぬ
腐る
朽ちる
醜さの
果ての果て
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いつの間にか産み落とされた、このわたし。神様だか自然だか、なんだか知らないが、誰に責任があるのだろう。その為に誰が何の罪を負い、何を償うべきなのだろう。
わたしはわたしと
いってはみたものの
いつまでたっても
居心地の悪い
据わりの悪いたましい
たったひとりの
確かなわたしは
他人から見れば
ありふれた
その他大勢
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オリンピックが平和の祭典?! 笑止!
オリンピックは
世界平和の象徴だと
自国旗を振り回す
あまりものを考えない
たくさんの人々
火だから消えるのよ。
どうせなら消えたり無くなったりしにくいものにしたら?
2トンくらいあるオブジェとか。んで聖火リレーじゃなくてトラック載せて往来を行軍すんの。軍事パレードじゃねえか!
平和の象徴は
火のように
儚い消えやすいもの
決して本気では
望んでいない
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中島義道先生ほどではないが、最近ほんとうに腹立たしくなってきた。
一日
何千回と繰り返す
自動アナウンス
「こちらは下り方面
エスカレーターです」
誰某かまわず
何時如何なる時も
やかましく
絶叫し続ける
自動音声
それを「必要」としている人たちがいる、という事実。
ほんとうに
必要としている
ありがたく
拝聴している
誰かがいるのか!
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お客様は神様です。
あんたが責任者か?!
どうしてくれるんだ!?
ひとことも言い返せない
顧客接点最前線という
ありがたいお役目
言いたい放題のお客
したり顔の上司
雨の中
震えながら
立ち尽くす部下
でも、わたしは異教徒。
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殊、教育について云えば、あまりにも無自覚に、無責任に「正しさ」が主張されている。「正しい」「まちがいのない」教育の弊害。
みんなが
いいひとになりたがる
いずれ誰かが
嫌われ者の
ババを引く
誰もが
よき理解者
子供の味方
嫌われたくないから
叱ろうとはしない
やっぱり元凶は、親だけでなく、じいさんばあさんだな。
自分たちの子育ては
まちがっていなかったと
勝手に思い込み
無自覚なまま
孫に接している
怖い人、厳しい人から直接・間接に教わることが、結構後になって利いてきたりするものなんだ。いいひとばかりに囲まれて、まちがいのない教えだけを手本として、果たして幸せといえるのか?!
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「営み」と書くのも不遜だな。
自然は人間とは無関係に、勝手に「自然」にしてる。
自然は
繰り返さない
毎回
あらたに
生まれ変わる
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その人の地位とか立場、立ち位置によって、贅沢ということばの定義は異なる、あたりまえか!
パンツと
Tシャツを
スーパーで
特価で買った
久々の贅沢
今日は
おまえのTシャツを
借りたよ
遠い昔の
ステージ衣装
オイル交換を
待つあいだの
騒々しい店内で
ぼーっと過ごす
贅沢なひととき
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死に顔がほんとにきれいで、「おまえほんとに死んでるのか」と訊いた。
あの世へ逝くもの
この世に生まれるもの
生きとし生けるもの
いのちは
拒めない
ばあちゃんは
もう飼わないよ
つっぱねるけど
いのちは
拒めないよ
ここ数週間、近所のうちの飼い猫に逢いに行っていたらしい。向こうはお家の中、この子と窓越しにお話してたらしい。
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政府や企業が殊更「家族の絆」だの「会話」だのを口にする、そのことの嫌らしさ、腹立たしさ。
理想を
生きられなければ
家族ではない
綺麗に化粧した
おかあさんの主張
それを真に受ける間抜けさ(↑)。
ほんのちょっと
結びつきを
確かめられれば
それでよい
家族の絆なんて
だれかに/なにかに云われて気づくことなんて、たいした事じゃないんだよ。もともとこころの奥底で感じていることこそを、信ずるべき、生きるべきなんだ。
みんなそれぞれ
好き勝手なことをして
明け方やっと寝静まる
まがりなりにも夫婦
まがりなりにも家族
それでいいじゃん、政府の少子化対策クソ食らえ!!!
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「もう二度と逢わないだろうな」という人たちとの別れ。
ぼくらは死んで
中心から離れてゆく
もう決して
交わらない
離れてゆくばかり
両親を女房を
未来の子供まで
食い尽くす
欲望に無自覚な
わたしは大食漢
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絵を描くということのむずかしさ。
小雨の
降り止む寸前の
夕刻の群青色と
瞬きを繰り返す
充血した夕日
こどもたちは
そのちいさなな手で
白い息を
包み込む
冬の朝
起きてすぐ
道路には
積もっていないかと
ジャロジーから覗く
雪の朝
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歌を詠む。
あたりまえのことを
いつものことばで
曲げず譲らず
飾らずに
そのままを詠む
メモできる
ことばは
ほんとうの
望みでは
ない
簡単に
簡潔に
あたりまえのことを
あたりまえのように
詠ってゆきたい
つぎはぎだらけの
ぼやけた世界像を
またもや切り刻み
醜悪に再生し直した
ことばの連なり
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ツェッペリンの訳詩を意図的に誤訳する馬鹿者ども! いずれ書く。
天使にも
お金にも
羽根が生えてるって
おんなは
笑えるんだよな
休日の
おんな心と
空模様
洗濯物の
乾き具合
美しい
あなたは
棘のように
細く鋭い
指をしている
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