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2008年12月 6日 (土)

「携帯禁止」に思う

どっかの自治体の長が「小学校に携帯持ってくるの禁止する」とか口走っていたけど。

ばかだなあ。一方的な禁止措置というのは、それこそ教育とは正反対の、罰則を伴った法制化とおなじことだろが。

教育というのは「理解させて従わせる」ことなんだから。
なんで携帯電話使っちゃいかんのか、きちんと生徒に説明して理解させた上で、「おまいら、じゃあ『携帯電話、学校で使わない』というルールにしたぞ」と納得させて、それに従わせる、でしょう。

納得ずくだったとしても、それでもルールを破りたがる奴はいる。当たり前。それが人間って奴なの。

そういう奴らに、世の中のしくみというのはどういうものか、ルールというのはどう機能し、それによって社会にどんなメリットがあるか、根気よく教えてゆくことが本来の教育だろが。

といっても人間って、教育でどうにかなることと、どうにもならないものってのがあるの。そういうことを承知している、その上で尚且つ「教育」に取り組める人ってのが理想なんだろうが。矛盾を抱えた存在である人間を相手にする覚悟ができてない輩が「教育」なんておこがましいって。

まあ「携帯禁止」に反対する保護者自身も、ほかならぬ携帯症候群なんだろうから。どっちもどっちだけど。

為政者が教育に口をはさむと碌なことにならない。かといって、「指導しきれないから『携帯禁止』に賛成」なんて情けない教師連中もどうしようもない。どっちも「教育(の効果)」を信じてないんだからどうしようもない。こんな人たちには無理だ。

もひとつ、「『携帯禁止』について、あなたは反対ですか/賛成ですか?」なんて、相変わらず馬鹿なインタビューを続けているワイドショーやニュース番組の皆さんにも、いいかげんにしてほしいもんだけど。

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