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2010年4月29日 (木)

ありふれていた贅沢

あたりまえのことが、もはや望めない、そういう時代。

     仕事
     未来
     家族
     ありふれた日常という
     贅沢

     誰もが信じ
     どこにでもある
     はずだった
     ありふれた日常という
     贅沢

     誰もが信じて
     疑わなかった
     未来
     家族という絆
     元には戻らない

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社会・出来事」カテゴリの記事

コメント

なにが「何年ぶり」だよ。おとというちの課に電話かけてきてたじゃねーか。
しかし、ぎっぱくんは年増に取り入るのがうまい。「丁寧なことば遣いの人だね」って、完全に騙されとるぞ。見境なく媚売らないように(笑)。

投稿: joshuaki | 2010年5月 1日 (土) 10時47分

何年ぶりでしょうか。ご無沙汰しております。
ありふれた贅沢を懐かしがり嘆くいまも、またあるときからみれば羨ましい贅沢な時間かもしれません。ズンドコを知るひとは贅沢の幅が広い。不幸の許容量が大きい。わたしも自分自身をズンドコに落ちた悲劇の主人公だと思ってたときがありますが、甘かった。ズンドコはきっと、底知れず深い。落ちようたって、私ごときに落ち切れるものじゃなさそう。転げ落ちていく過程、何度も肉は削られ骨は砕け、ボロボロになってなお歯を食いしばって耐えられた者のみがやっと辿り着ける、一種の境地なんだと思える。そこからの展望はすべてバラ色だし、歩む道はすべてが頂に向かっている。


どん底と
月面は
似てる
生きて戻れば
ヒーロー


どん底に
たどり着くまえに
僕は音を上げる
こここそ底、
何人も我を憐れめと


…うーんペラいな俺の歌。ズンドコ見たことないからだな。ジャミラさんとかなら、ものすごく味わい深い歌作りそう。

投稿: ギッパ | 2010年5月 1日 (土) 00時08分

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