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2012年6月24日 (日)

おんなじに聴こえてしまう訳(未完)

J-POPっていうの?! いまの日本語の流行歌って、なんかみんなおんなじに聴こえてしまうんだが。そもそも「流行歌」って括りがどの程度有効なのかもよくわかんないんだけれど。

歌詞に注目すると、まったくおなじことば遣い、おなじフレーズ!が遣われていることが多い。わたしにとって、まずこれが驚き。

当然日本語だから、おなじことば、おなじ単語が(偶然にも)重なることはあるでしょうよ。でもね、おなじような文脈の中でおなじような遣いまわし、ましてや丸っきりおなじ言いまわしを、みずから創った歌には、あえて出さない、遣わないってのが、創る側の拘り、つまりはオリジナリティ(の尊重)なのではないのかよ?!と。

なんかあっけらかんと、おなじフレーズを、なんの工夫もなく、なんの疑問も持たず、おなじように歌ってしまう、歌えてしまうことに、なんかすげー違和感を感じているのだ。

「おなじように聴こえてしまう」というのは、日本語って「メロディにことばが乗る」のではなくて「ことばがメロディを選択してしまう」ので、おなじことばは「おなじ(ような)リズムのおなじ(ような)メロディ」を採用してしまうからで。そうすると、歌い手が異なるだけのおんなじような歌しか出てこない/出てこれなくなってしまう。

※「日本語の歌は『ことばがリズム/メロディを選択する』という自説については、めんどくさいから(けど)次回以降詳しく説明しましょう。

でね、じゃあなぜ、これらの歌は「おなじことば遣い、文章」を遣ってしまうのか?! ほんとに云いたいのはここ。

「おなじ価値観で物事を見て、感じて、考え、表現」しようとするから。早い話が「空気を読んで、ウケを狙う」から。他と異なるものの見方、感じ方、アイデア、表現は「空気を読まない/読めない」「ウケない」「価値がない」と信じているから。

あえて、おなじことば遣い、おなじ言いまわし、まるっきりおなじフレーズを遣うことで「ぼくら(わたしたち)は、あなたがたと価値観を共有する」仲間、身内、味方、同胞、…と、いっしょうけんめい宣言している訳。つまり「ぼくら(わたしたち)は、害はないよ、敵じゃないよ、(奇抜な格好していたとしても)物分かりよい、気のいい若者だよ」とアピールしている、その姿が、わたしには気持ち悪いんだ。

     必要のない人間は
     いないと歌う
     人気歌手は
     必要な人間など
     いるのかとは歌えない

     こころに
     響くことばは
     歌にはならない
     こころの底に
     突き刺さったまま

ジャ○ーズとかアーカーべーとかどーでもいいが、もっと気持ち悪いのは最近のカナ文字名前の女性歌手供。アーチストだかミュージシャン気取った、勘違い娘ばっか。みんな「おなじ」だよ空気読めよっ!(笑)
     

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