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2013年7月20日 (土)

かなしきパスタ(再録)

ぎっぱくんが今はまってるのは「100円ショップで揃うソースパスタ」。「安くあがって旨い」のだそうだ。「ツナしょうゆのパスタソースが侮れないです」と。

しょうゆ味のパスタといえば、思い出す。

むかし新宿東口に壁の穴というパスタ屋さんがあった。いまのごとくオシャレでもカワイくもない穴倉パブのような造りだったが、当時の彼女とよく通った。人気メニューのひとつは『若者のアイドル』といって、大振りに刻んだ野菜やソーセージをしょうゆベースで炒めたもちもち麺で、毎回食べていた。「大盛り」を注文することもあったと思う。

あの頃はいつも、おなかを空かせていた。なにも食欲に限らない、ふたりとも若かったから、彼女ともお互いを貪るように激しい恋に落ちた。周囲は目に入らないくらい夢中だった。

お金もなかったので、寝る間も惜しんでアルバイトに勤しみ、音楽にのめり込み、歌を作り、仲間と演奏し、幼稚な夢を語り合った。曲作りのインスピレーションを求めて図書館に通い詰め、毎回貸出限度いっぱいに本を借りてきては貪った。レコードはカット盤でもジャケットズレでも、とにかく安いものを探し回って手に入れた。

アーチストを気取り、風営法施行前後の街を闊歩した。喧嘩っ早い奴を用心棒に、安い居酒屋をハシゴし、仲間がバイトする映画館にタダで出入りし、ヤクザに追いかけられて、迷い込んだ二丁目でお姉さま方にからかわれた。煙草吸わないのにヤニ臭く、酒も強くないのに、目が血走り瞼が浮腫んだ。酔ってないのに、道端に吐いた。

とめる人もいたかもしれない、誰の言うことも聞かず、好き勝手したい放題の日々が続いた。

いつもおなかが空いていた。肉体的にも精神的にも、飢えていたといっていいくらいに。

とはいえ、そうしてやみくもに走り続けていれば、いつかは疲れ休みたくもなる。道端にしゃがみこんで、ふーっと息をつく。気がつけばあたりは真っ暗、すでに真夜中。ちょっと一息のつもりが、睡魔に襲われる。

そして見た夢。彼女とのこと、バンド活動、アルバイトでの出来事、たくさんの本、スピーカーから弾ける大きな音、食べかけのパスタ…、それらのイメージがぎとぎとの原色で混ざり合い、圧倒され、目が覚める。「こんなはずじゃなかった…」おもわず独り言つ。

理由らしい理由なく、ただ飢えている。飢えを満たす、ただそれだけのために、毎日見境なく走り回っている。こんなはずじゃなかった状況が四方から自分を取り囲み、いつのまにか抜け出せなくなっている。沼地のような、蒸し風呂のような、生ぬるい粘着質の居心地の悪さと臭気。いつまでたっても夜は明けない、なぜなんだ。

「ここは『穴』だ、ぼくは『穴』に落ちたんだ」。そう気づくまでに、たくさんの犠牲が必要だった。身を切るつらさで彼女と別れ、すったもんだの末バンドを潰し、身入りのいいバイトもすべて辞め、部屋を引き払った。楽器はおろかレコード一枚、手元に残らなかった。

無駄を経験してはじめて、気づくこともある。なにができて、なにが必要で、いったいなにがほしいのか、どこへ向かうのか、どこまでいっても確かなものはないこと。確かなものが「ある」と信じ、跳ね回り駆けずりまわり、踏んだり蹴ったり繰り返して、やっとのこと気づく、否応なく学ぶ。

わずかながら学んだことのひとつ、ぼくは、他人のテリトリーにズカズカ踏み込んでゆくタイプではなく、自分の懐に他人を引きずり込むタイプなんだということ。親しげに振る舞い、武装を解かせ、友達のふりをして共犯者に仕立て上げる。もちろんぼく自身、無自覚に。

これもあの飢餓状態を潜り抜けてきたからかと自嘲する。他人を傷つけ、あたり散らし、犯さなくてもよいはずの罪を重ねてきた負い目がある。

いまからみれば無駄とも思えるが、その当時、それこそが一大事だった。ぼく自身もつらいが、彼女や仲間たち、いちばん近くにいた者たちにしてみれば、「騙された」「裏切られた」もしくは「気がふれた」と、いまだに「恨んでいる」と思われても不思議ない。

その犠牲の上にいまがある。何年も過ぎたいま、いまだ穴の中から、這い出せた訳ではない。変わっていないといえば、なにひとつ変わっていない。

それでもなんとか、穴の周囲を垂直に上へと伸びる壁にまでたどり着けたように思う。壁づたいに、この穴を「なんとか抜け出そう」と手がかりを探している。そうしているうちに「腹が減った」「人恋しい」「あれがほしい」「こうなりたい」「こうあらねば」…と初期衝動に身を任せ、駆けずりまわることの無意味さも知った。

そそり立つ壁の真下、穴の底から、遥か頭上を見上げている。高みに青い空が光る。いつかこの壁を登り切り、この穴を抜け出そう。そうして穴の淵の上に立ち、穴の底と穴の外とを見渡し、そこからなにが見えるのか、知りたいと願う。これもまた欲望のひとつなんだろう。けれどそのために、だれかを犠牲にしようとは思わない。

若さ故の愚かさ、業ともいえる飢餓状態、立ち上がれないくらいの絶望…、それらを乗り越えるため、なんらかのカロリー、炭水化物は必要なんだと思う。ただ消費するだけのため、ただ燃焼するだけののためのエネルギー、時間、コスト…、愚かさや業の深さに比例して、より大量に必要となる。

この先ぼくには、贅沢や甘えは許されない。塩っ気もない素のままの、味もそっけもないパスタを、最小限度摂取しつづけ、思考を重ね、知恵をつけて、この穴からの脱出を図らなければならない。

希望とは、希求する対象そのものにではなく、希望ということばそのものに意味があり価値がある。希望とは、どこか遠く手の届かないものを探し求めることではなく、そのことばを頼りに、いまこの時を生き抜き、その先へと進むための糧なんだ。

 

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コメント

たびたび過去ネタですいません。初出の文章があまりにひどく、一週間かかってリライトしました。いやーあん時ゃ絶対、なんかが憑依してたんだ。低級霊かなんかが(笑)。

投稿: joshuaki | 2013年7月20日 (土) 13時41分

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