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2014年6月22日 (日)

なぜそれを政治的主張としないのか

例の都議会/女性蔑視発言であるが、そもそもが「なんでそれが政治的主張とし得ないのか」なんだよね。

たとえば(わたしはまったくそうは考えないのだけれども)「かつて日本は『男は外/女は内』という暗黙的了解故に、家庭なり身内構成の安定を図ってきた結果、国の繁栄へと結びついた」「『男尊女卑』とはあくまでも現在の価値観評価であって、歴史的に相応の意味のある」価値意識だとすれば、これはこれでひとつの立派な(かどうか知らんが)政治的主張足りうる。それを表明することは、民主主義を標榜するこの国において、なんら異常なことではないはず。

その上で、国民なり有権者の支持を問う。

「そんなことしたら所属政党からはじき出される」? いいじゃないですか支持を得られるのであれば。『なんとか維新の会』とか、「かつての強くて勇ましい日本」を「復古」させたい政党・政治組織は幾らでもあるでしょ?(笑)。

というか、政治の世界で「本音と建て前」が必要ないということではなく、それはあくまでも本来の主義主張を貫くべく、戦略戦術的に「本音と建て前」を使い分ける、それこそが政治家の政治家たる、まさに「政治的」な部分であって、野次だとか失言ごときの次元の問題ではない。

「こいつの発言だ」とかスケープゴートに祭り上げて手打ち、に留めるにはちょっと惜しい、この国の政治意識を変える絶好の機会になると思うのだが…どうなのよ。

 

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