« 勇ましくある必要はない | トップページ | 神様野郎 »

2015年2月14日 (土)

憎しみが病気だとしたら

憎悪というものが、治療の難しい難病だとしたら、と思う。

     憎しみは
     痛みと哀しみを
     伴う病
     だから
     治療が必要

仮定を信じ、憎しみを癒すことを考えてみよう。

     憎しみは
     ひび割れたかかとを
     ケアするように
     すこしずつ
     癒すほかない

     憎しみは病気なんだ
     けれど治療できない
     病気ではない
     むずかしいけれど
     時間がかかるけれど

「テロに屈する」とはどういうことか。「テロリストの思いを忖度して、それに気を配る、あるいは屈するようなことがあってはならない」云々。「あってはならない」のは何に対してか/誰に対してか。

     いま隣にいる人と
     なかよくやれない人間が
     世界平和とか信仰とかを
     語ってはならない
     そんな資格ない
     

「目を閉じて、じっと我慢。怒ったら、怒鳴ったら、終わり。それは祈りに近い。憎む人の業に非ず、裁きは神の領域。―そう教えてくれたのは、アラブの兄弟たちだった」。あらためて書き写す。後藤健二さん、ありがとうございます、忘れません。
        
     

 

※人気投票(苦笑)にご協力ください、

  よろしければクリックを↓

    にほんブログ村 ポエムブログ 短詩・五行歌へ
    にほんブログ村

|

« 勇ましくある必要はない | トップページ | 神様野郎 »

社会・出来事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 憎しみが病気だとしたら:

« 勇ましくある必要はない | トップページ | 神様野郎 »