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2019年1月

2019年1月26日 (土)

メロメロメロンちゃん

ご近所のシーズー犬、メロンちゃん。

わたしがお休みの日にはいつも、お散歩の途中、ご挨拶に来てくれる。この子にはなぜかモテモテで、顔中ペロペロしてくれる(苦笑)。

「この子、男の人は嫌いなはずなんだけど…」と飼い主のおかあさんは戸惑うが、たぶんメロンちゃん「この人は、人間じゃなくて、むしろ犬猫に近い」と見抜いているのだろう。

犬猫はおろか、馬、ひつじ、猿…と、十二支とまではいかないが、たいていの動物が、向こうからアプローチしてくる。「好かれる」というよりは、ほぼ「同志」というか、「仲間がここにいた」という感覚だろうか。

メロンちゃん、今日は真っ赤なダウンジャケットお召しで、先代のモモちゃんのお下がりだそうだ。このモモちゃんも、かわいいおんなの子で、晩年は白内障で、すこしだけ不自由していたが、それでもよちよち会いに来てくれていた。

わたしは、人間とうまくつきあえなくて、ときどき嫌になることもあるが、人間以外の生きものとこうしてコンタクトできるので、なんとか生きていける。ある意味「保護」してもらっていると言える。

 

https://www.ehonnavi.net/ehon/8834/%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A8%E3%81%97%E7%94%9F%E3%81%91%E3%82%8B%E3%82%82%E3%81%AE/

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2019年1月25日 (金)

また読んでる!

じゃなくて、また買っちまった。ひさうちみちお『托卵』。いまの社会情勢そのまんま。

https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/1368/

名作と呼ばれてるマンガさあ、直観的に未来を捕捉してて、ちょっと怖くねぇ?次のレベルは、楳図かずお先生の作品とか。ギャーッ。

 

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「くれてやるぜ」

このタイミングにして、この発言。

 https://yoshinori-kobayashi.com/17394/

その是非はともかく、氏のおっしゃりたいことは、

赤の他人の揉め事に、頼まれもしないのに首突っ込んで、よく知りもしない片方の言い分の尻馬に乗って騒ぎ立ててる輩とは、いったい何様なんだ、と。

借金(といわれてる400万円)の肩代わりするのが目的ではなくて。「おまえら、ウゼェんだよ」と。

腹痛める覚悟なんか一切持たない見苦しい雑魚どもに対して、この蹴散らしっぷり。ハラショーよしりん。

 追記  

 でも「くれてやる」って本気だよ、この方(涙)。

 そういう気風のよさって、Dr.○須と共通すると思うんだけど……(汗)。

 

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2019年1月20日 (日)

『犬ヶ島』に連れて行け

いやあおもしろかった。

できるだけ事前情報は仕入れないつもりだったが、望月ミネタロウ先生がコミカライズとあっては矢も楯も堪らず……コミックス買っちゃいました、視る前から(涙)。

半端ない情報量をぶち込んでるにもかかわらず、ストーリーはシンプル。E・ノートンとかS・ヨハンセンとかひと声でわかったけど、オノ・ヨーコはわからなかった。

W・アンダーソン、変だけど好き。

 https://www.youtube.com/watch?v=gSbq0xcX98s

 

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2019年1月 3日 (木)

自己責任の末路

ある朝、道端に蹲るホームレスを見て、彼は哀れに思い、自販機で缶コーヒーを買い、それをそのホームレスに差し出そうとして、父親に阻まれた。父親は息子に「その男が今ホームレスであるのは、その男自身の行いの結果だ」「今ある状況は、この男の過去の行いの結果だ、自業自得というものだ」と云い、「施しはこの男の為にならない」と諫めた。

彼は、その場を去る父親を目で追い、そのホームレスに目をやり、手にした缶コーヒーをみつめた。それから、缶コーヒーを力なく握りしめ、俯いて、父親の後に従った。

「自己責任とは利己主義を正当化する為の詭弁ではないのか」と思ったが、彼は口にはしなかった。

「ノーブレスオブリージュとは施す側の恣意的な権利なのか」とも思ったが、この父親が「高貴な身分である」とはとても思えず、やはり黙っていた。

数日後、家族で食卓を囲んでいる時、テレビのニュースに彼の弟がコメントした。

「いまだにオレオレ詐欺にひっかかる年寄りってナニ?」「これだけ報道されて話題になっているのに、信じられない(笑)」「情弱にも程がある(爆)」。

父親が続けた。「正しく情報を受け止め、処理できないとこうした目に遭うのだ」「同情の余地はない」。

彼は思った。「一昨年亡くなったおばあさんが、オレオレ詐欺に遭っても、おなじことを言っただろうか」。彼は黙っていた。

数年後。

父親は、突然襲い掛かった世界恐慌および世界同時株安の煽りをモロに喰らい、総資産の4分の3を失った。

その2年前、外資系企業に入社した弟だが、この年、業績悪化を懸念したトップが「利益の適正化」「業務の合理化」と称し、それまで封印していた人員削減に乗り出した。弟は「削減対象」から逃れたものの、どの道回避できない「人手不足」の負荷をまともに背負うこととなり、過重労働を強いられていた。

彼は思った。「自己責任を言い募る者に限って、自身はなにひとつ責任を負わないつもりで、見かけ上の収支の帳尻を合わせることだけに感けている」。

他人を追い詰めているつもりが、巡り巡って自分を追い詰めている。

何が起きたのか、正直わからない。

何の前触れもなく、ただ人々の間に、悪い予感がじわじわ拡がる中、ある日出し抜けに、すべての電力供給がストップした。それと同時に、あたりまえのように公共サービスはじめ、ほぼすべての社会システムが麻痺した。そしてそれが今も続いている。

国内のどこぞで最大級の震災が発生したとか、戦争だ電磁パルス攻撃だとか、そうすれば安心できるかのように、誰もが誰かしらを納得させようと試みたが、それも僅かな間だけ。

太陽光パネルやら何やら、ありあわせのもので発電・蓄電を試みたが、いすれにしても、発信側が、あるいはサーバーがダウンしていれば、最新のスマホだとて、なにも受信できはしない。

という訳で、取り急ぎ、すぐに役に立ちそうもないから、その充電器、外してくれないかな。貴重な電力を照明や暖房に充てたいんだが。

ともかく、外部との通信は遮断された。それでも父親は「株の世界は一発逆転が可能」だと、信じて疑わない。

今、彼はカフェテラスに座っている。

正確に言えば、かつてカフェテラスであった空き店舗、というか廃墟に。背の高いスツールの、破れたビニールレザーの座面の埃を払い、水垢がこびりついたウインドウを透かして、人っ子一人いない通りをみつめている。

向かいの舗道を右に進んで二本目の脇道の、ちょうどゴミ集積スペースの、水色のポリバケツに寄り掛かるように、あのホームレスがうずくまっている。

彼は思った。

自然災害であれ戦争であれ、それを受け止めることのできない、あるいは、であるからこそ防がねばならないにも拘らず防ぐことのできない愚かさ、不甲斐なさの責任を、人間は自覚すべきだった。

いくら言い逃れしようと、自分たちの行いに対して、責任回避などできはしない。 人間は、後世に対して、人間はすべての人間に対して、無限責任を負っているのだから。

彼は立ち上がり、廃墟を後にした。

https://www.youtube.com/watch?v=8QLL2j8ZtxE

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