駄菓子屋で竹ひごで作ってある凧を数十円で買ってくる。大きいと高いし扱いにくくて、数十円程度の安物のほうが手頃なのだ。
新聞紙を細く裂いて、舵の役目をする尻尾として凧のお尻に貼りつける。「尻尾は長いほうが安定するんだよ」としたり顔で、手や指を糊でべとべとにしながら、自分の背丈も越すほどに。表に駆け出せば、必ず靴で踏んで千切れる。
その日は強風でもなく、いつになく風に乗って調子いい。どこまで遠くにどこまで高く飛ばせるものか、友達の凧糸を奪い取って、継ぎ足し継ぎ足し、どんどんと糸を送る。所在なげに凧を抱えもつ友だちもぽかんと口を開けて、米粒より小さく見える凧を呆れ顔で見上げていた。ぼくは大した気持ちになった。
凧糸を
継ぎ足し継ぎ足し
手繰り戻せないほど
遠く高く
飛び立った凧
とはいえ子供のこと。夕暮れの風に煽られ、手繰り寄せられる限界を遥かに超えてしまっていた。冬の短い午後はだんだんと暮れて、友だちも「寒くなってきたなあ」と口々に凧抱え帰ってゆく。終いには扱いあぐね、ぼくは糸を切った。緊張が一瞬に解かれ、弾かれたように凧はくるくると更に遠くの空へ転げていった。きりきり舞いの凧の堕ちてゆく様を最後まで見ることなく、ぼくは駆け出していた。
それから凧揚げなんてしなくなった。随分経って、洋凧をこれ見よがしにくるくる操る大人を見かけるようになったが、羨ましいとも思わなかった。
あの凧はどこへ行ったろう、木に引っかかり雨に打たれて、川に落ちて流されて、次の日には千切れ果てたろう。けれど、いまだどこか遠くの空を彷徨い流されているような気もしている。40年近くも前の話。
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