宗教・哲学なんやかや

2019年5月25日 (土)

不老不死を嗤う

あなたは不老不死を望むという。死なない身体、死なない生命が欲しいという。

「死なない」とはどういうことか、は、「生きる」とは、を問うこととおなじ。

     死なないのなら
     生きていないじゃないか
     不老不死とは
     死を望むことと
     おなじじゃないか

     死なない身体は
     新陳代謝を必要としない
     死なない身体は
     もはや動かない
     死んだ身体

先日の「仏陀」に通ずるテーマ。

     人類の
     最後の夢は
     不老不死という
     冗談のような
     覚めない悪夢

https://www.youtube.com/watch?v=TxHgmAFkNyI

   

 

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2019年5月21日 (火)

仏陀ぶった

久々にギッパくんと会話。話が形而上学的展開に。

仏陀はなぜ悟り得たか⇒ゴータマ・シッダールタは人間ではなかった、でとりあえず決着。いや「仏陀は」じゃないか、「ゴータマは」か。

結局、仏陀は人間じゃないんじゃないのか。

かなしいことがあると、物事をむずかしく考える。

     悟りを開く
     かなしみを
     苦しみを
     克服する
     人間をやめる

     かなしみから
     苦しみから
     脱却する
     悟りという
     反人間的行為

     

 

 

 

 

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2019年1月 3日 (木)

自己責任の末路

ある朝、道端に蹲るホームレスを見て、彼は哀れに思い、自販機で缶コーヒーを買い、それをそのホームレスに差し出そうとして、父親に阻まれた。父親は息子に「その男が今ホームレスであるのは、その男自身の行いの結果だ」「今ある状況は、この男の過去の行いの結果だ、自業自得というものだ」と云い、「施しはこの男の為にならない」と諫めた。

彼は、その場を去る父親を目で追い、そのホームレスに目をやり、手にした缶コーヒーをみつめた。それから、缶コーヒーを力なく握りしめ、俯いて、父親の後に従った。

「自己責任とは利己主義を正当化する為の詭弁ではないのか」と思ったが、彼は口にはしなかった。

「ノーブレスオブリージュとは施す側の恣意的な権利なのか」とも思ったが、この父親が「高貴な身分である」とはとても思えず、やはり黙っていた。

数日後、家族で食卓を囲んでいる時、テレビのニュースに彼の弟がコメントした。

「いまだにオレオレ詐欺にひっかかる年寄りってナニ?」「これだけ報道されて話題になっているのに、信じられない(笑)」「情弱にも程がある(爆)」。

父親が続けた。「正しく情報を受け止め、処理できないとこうした目に遭うのだ」「同情の余地はない」。

彼は思った。「一昨年亡くなったおばあさんが、オレオレ詐欺に遭っても、おなじことを言っただろうか」。彼は黙っていた。

数年後。

父親は、突然襲い掛かった世界恐慌および世界同時株安の煽りをモロに喰らい、総資産の4分の3を失った。

その2年前、外資系企業に入社した弟だが、この年、業績悪化を懸念したトップが「利益の適正化」「業務の合理化」と称し、それまで封印していた人員削減に乗り出した。弟は「削減対象」から逃れたものの、どの道回避できない「人手不足」の負荷をまともに背負うこととなり、過重労働を強いられていた。

彼は思った。「自己責任を言い募る者に限って、自身はなにひとつ責任を負わないつもりで、見かけ上の収支の帳尻を合わせることだけに感けている」。

他人を追い詰めているつもりが、巡り巡って自分を追い詰めている。

何が起きたのか、正直わからない。

何の前触れもなく、ただ人々の間に、悪い予感がじわじわ拡がる中、ある日出し抜けに、すべての電力供給がストップした。それと同時に、あたりまえのように公共サービスはじめ、ほぼすべての社会システムが麻痺した。そしてそれが今も続いている。

国内のどこぞで最大級の震災が発生したとか、戦争だ電磁パルス攻撃だとか、そうすれば安心できるかのように、誰もが誰かしらを納得させようと試みたが、それも僅かな間だけ。

太陽光パネルやら何やら、ありあわせのもので発電・蓄電を試みたが、いすれにしても、発信側が、あるいはサーバーがダウンしていれば、最新のスマホだとて、なにも受信できはしない。

という訳で、取り急ぎ、すぐに役に立ちそうもないから、その充電器、外してくれないかな。貴重な電力を照明や暖房に充てたいんだが。

ともかく、外部との通信は遮断された。それでも父親は「株の世界は一発逆転が可能」だと、信じて疑わない。

今、彼はカフェテラスに座っている。

正確に言えば、かつてカフェテラスであった空き店舗、というか廃墟に。背の高いスツールの、破れたビニールレザーの座面の埃を払い、水垢がこびりついたウインドウを透かして、人っ子一人いない通りをみつめている。

向かいの舗道を右に進んで二本目の脇道の、ちょうどゴミ集積スペースの、水色のポリバケツに寄り掛かるように、あのホームレスがうずくまっている。

彼は思った。

自然災害であれ戦争であれ、それを受け止めることのできない、あるいは、であるからこそ防がねばならないにも拘らず防ぐことのできない愚かさ、不甲斐なさの責任を、人間は自覚すべきだった。

いくら言い逃れしようと、自分たちの行いに対して、責任回避などできはしない。 人間は、後世に対して、人間はすべての人間に対して、無限責任を負っているのだから。

彼は立ち上がり、廃墟を後にした。

https://www.youtube.com/watch?v=8QLL2j8ZtxE

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2018年12月22日 (土)

利他的なこころ

そもそも、こころそのものは、じぶんのものだと信じている。

     つらかったり
     苦しかったり
     じぶんだけ損してないか
     そればっかり
     気にしちゃう

自己中、自分中心。徹底的に利他的になるなんてムリ。だって、じぶんのこころは、自分そのものだもん。利己的にならざるをえない。その一方で。

     向こう側から
     だしぬけに訪れる
     ことばや感情には
     逆らえない
     拒否できない

そもそも第六感とか、直観的なひらめきや認識とか、「向こう側」から不意に襲ってくる、思いがけなく仕掛けられる力には、拒否できない何かがある。すくなくとも、わたしは、頻繁に「向こう側」からの侵略を許している。利己的なこころは、「向こう側」から蝕まれている。

     利己的
     利他的と
     どこで線引きするか
     自分自身への
     洞察の深さ

 

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2018年7月21日 (土)

希望のつづき

久し振りに朝、通勤途上に「啓示」。おお我が内なるミューズよ(笑)。

     遡れば
     気の遠くなるほどに
     いのちは繋がっている
     いらない人間など
     いない

最近、NHKスペシャル『人類誕生』とか視てるしな。

     ぼくらには
     希望はみえない
     なぜならぼくらは
     人類の歴史における
     希望そのものだから

     ぼくらには
     希望はみえない
     なぜならぼくらは
     ご先祖様にとっての
     希望そのものだから

希望を抱く者は幸いである。希望を担う者もまた幸いである。

     神は
     希望を分け与える胴元ではない
     希望を抱く者と担う者とを
     過去と未来とを結びつける
     仲介者である。

希望はどこかへと消え去りはしない。どんな時代でも、どんな環境でも、それを抱く者と担う者がいる限り。人間が希望を果たすまで。     

 

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2018年4月16日 (月)

キャスティング・ヴォート

やっぱ最後には「人が人であること」、ただそれだけ。

     あのひとが食べている
     おにぎりおいしそう
     そうだねふたりで
     食べようね
     明日の日曜

     芸術というものに
     排除という概念はない
     互いに異質であり
     存在することが価値である
     そのことを知っている

     拳を振り上げず
     両手を広げ
     迎え入れ
     抱きしめる
     ほんとの強さ

 

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2018年1月13日 (土)

ちょっと勉強したい

昨年の資格取得の為の受験勉強が祟り、今年になって「勉強したいっ」という気持ちが抑えられない、なんだこの高ぶりは。

  https://www.youtube.com/watch?v=3BXDsVD6O10

大学で「学生のようなもの(コピーライト/いしいひさいち)」だった頃、教養課程でいちばんおもしろかったのは「社会思想史」と「哲学」だった。なのでETV『Q~こどものための哲学』、再放送欠かさず視ています。

   https://www.youtube.com/watch?v=q5XgXfsZe_Y

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2017年10月28日 (土)

失ったもの

いままで、失ってきたものは数知れない。

     失ったものを
     忘れ去ることはない
     これ以上
     なにひとつ
     失いたくないから

 

 

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2017年10月21日 (土)

自動筆記Ⅱ

毎回繰り返すが、ただの潜在意識の解放にすぎない。

     夜が明ける
     日が昇る
     光に包まれる
     涙は渇いて
     ぼくは笑顔になる

     夜が明ける
     日が昇る
     暖かくなる
     涙が乾いて
     温かさが戻ってくる

確かにそうなんだけど、土着的な宗教観が臭う。こころのどこかで宗教性への傾倒、あの世のものへ憧憬もしくは執着があるんだろうな。

 

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2017年10月15日 (日)

自動筆記

ある時期から、あることをきっかけに、できるようになった。

     あなたのことばは
     わたしを勇気づける
     あなたとともに
     わたしは歩み続ける
     わたしたちはともに

     いま
     このときが
     過去も
     未来もない
     永遠

たぶん、潜在意識の残証を拾い上げているだけ。

     感情が
     永遠に続くことはない
     そのときどきに
     感情があらたに
     湧き上がるだけ

ただの脳内ダダ漏れ状態。
     

     

 

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